住吉大社

住吉大社|観光の魅力・歴史・アクセス方法・営業時間を写真&動画でチェック!

「すみよっさん」として親しまれる住吉大社は、全国2300社以上の住吉神社の総本社であり、大阪府大阪市に位置します。創建は約1800年前に遡るとされ、神功皇后(じんぐうこうごう)をはじめ、底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命、表筒男命の三神が祀られています。
新年には「初詣といえば、すみよっさん」と大阪市民が一斉に訪れる場所です。大晦日の夜から参拝者で賑わい、年明けと共に一年の安全や繁栄を祈願します。正月三が日の参拝者数は毎年200万人を超え、多くの人々の心の支えとなっています。
神社建築としても注目される「住吉造」は国宝に指定されています。本殿が四つあり、それぞれが独特の配置になっている点が特徴です。底筒男命、中筒男命、表筒男命の三神は、航海安全の神としても知られ、海に関連する信仰も多いです。
神事や祭りも豊富で、御田植神事や夏越祓神事など、古くからの伝統が今も守られています。月に一度の神様のご挨拶にも、全国から人々が集まります。
こうして、住吉大社は商都大阪の発展、海運の安全、人々の生活を見守る多面的な神社として、今もなお多くの人々に愛されています。

基本情報

名称
住吉大社 (すみよしたいしゃ)
所在地
〒558-0045 大阪府大阪市住吉区住吉2丁目9-89
アクセス
南海本線「住吉大社駅」から東へ 徒歩3分
南海高野線「住吉東駅」から西へ 徒歩5分
阪堺線「住吉鳥居前駅」から 徒歩すぐ
駐車場
駐車場 あり
営業時間
4~9月 6:00~17:00
10~3月 6:30~17:00
定休日
年中無休
連絡先
電話番号:06-6672-0753
公式サイト

マップ

詳細情報

「すみよっさん」と親しまれる住吉大社は、大阪府大阪市住吉区に鎮座する、全国に約2,300社ある住吉神社の総本社です。その創建はおよそ1800年前に遡るとされ、日本最古級の神社の一つとして知られています。主祭神には、底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)の住吉三神と、神功皇后(じんぐうこうごう)が祀られています。

神話と神々の由緒
『古事記』や『日本書紀』の神代の巻には、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国で妻・伊邪那美命(いざなみのみこと)を失い、穢れを清めるために海で禊祓を行った際、住吉三神が出現したと記されています。このことから、住吉大社は「祓(はらえ)」を司る神をお祀りする神社として知られ、神道における重要な位置を占めています。

鎮座の経緯
住吉大社の創建は、第十四代仲哀天皇の后である神功皇后の新羅遠征(三韓征伐)と深い関わりがあります。神功皇后は住吉大神の加護を受けて新羅を平定し、帰国の途中に神託を受けて現在の地に住吉三神を祀りました。のちに神功皇后も併せて祀られ、四柱の神を祀る四本宮が整備され、それぞれの神を個別に祀る形式が確立しました。延喜の制では名神大社に列せられ、二十二社の一社であり、摂津国一之宮として格式の高い神社とされてきました。

建築様式と遷宮
住吉大社の本殿は、神社建築における古い形式である「住吉造(すみよしづくり)」で建てられており、国宝に指定されています。これは直線的でシンプルな構造で、切妻造・妻入の形式を特徴とします。本殿は四殿あり、それぞれが南北一直線に並ばず、独自の配置で建てられています。

住吉大社でも伊勢神宮にならい、20年ごとに社殿を新しく建て替えて神様を遷す「式年遷宮」の制度が定められています。記録上の初見は奈良時代の天平勝宝元年(749年)で、それ以前からすでに数回の遷宮が行われていたと考えられています。戦国時代には一時中断されましたが、民衆の厚い信仰により制度は復興され、平成23年には「第49回式年遷宮」が御鎮座1800年記念事業として執り行われました。

住吉大社と人々の生活
初詣と大阪市民の心
住吉大社は大阪市民にとって欠かせない初詣の名所です。「初詣といえば、すみよっさん」と称され、大晦日の夜から元旦にかけて多くの参拝者が訪れます。正月三が日には毎年200万人以上の参拝者で賑わい、一年の平安と繁栄を祈願する光景は、まさに大阪の風物詩といえます。

祓の神としての信仰
住吉大神は「祓い清め」の神としても知られており、大阪の夏を代表する祭り「住吉祭」では、日本全国を祓い清める意義があるとされ、古くから崇敬を集めてきました。この祭りは「おはらい」とも呼ばれ、摂津・河内・和泉の旧国をはじめ、日本中に祓いの力を届けるものと考えられています。

航海安全の守護神
住吉大神は海中から現れたことから、海の神・航海安全の守護神としても信仰されてきました。奈良時代には、遣唐使の派遣に際して海上の安全を祈願する儀式が必ず行われ、「住吉に斎く祝(はふり)が神言と 行くとも来とも 船は早けん」(万葉集)と詠まれるほど、国家的にも重要な信仰対象とされました。江戸時代には海運業の発展にともない、商人や船乗りたちからの崇敬も厚く、現在も境内には約600基の石灯籠が奉納されており、その多くは運送船業者によるものです。

和歌と文学の神
住吉大社は、風光明媚な白砂青松の景観から、古くより和歌の題材として親しまれてきました。万葉集や古今和歌集などにも多数の和歌が収録されており、平安時代以降は和歌や文学に携わる人々が数多く参拝するようになりました。境内には多くの歌碑・句碑が奉納されており、「我見ても 久しくなりぬ 住吉の 岸の姫松 幾代経ぬらむ」(古今和歌集)といった名歌も神楽として歌い継がれています。

農耕・産業の神
住吉大神が草を敷かずに苗代を作る農法を教えたという伝承から、「農耕の神」としても信仰されています。農業は古くから重要な産業であり、現在では農業のみならず、商業・工業に関わる人々からも「産業の神」として崇敬を集めています。境内には約二反の御田があり、毎年6月14日には神功皇后の故事にちなむ「御田植神事」が盛大に執り行われます。

弓と相撲の神
神功皇后が新羅遠征の際、弓を手にして戦ったことから、住吉大社は「弓の神」としても信仰されています。警護のために土師弓部(はじのゆみべ)十六人が配置されたことにちなみ、新年には「御結鎮神事(おゆみはじめ)」が行われ、邪気退散や天下泰平が祈願されます。

また、住吉大社ではかつて「相撲会(すもうえ)」という壮麗な相撲神事が行われていた記録があり、現在でも10月に「宝之市神事」の時期に合わせて、高校生や中学生による相撲大会が開催されています。

以上のように、住吉大社はその由緒ある歴史、建築、そして多様な神徳により、海上安全、厄除け、芸能、産業、そして人々の暮らし全般を守る存在として、今なお多くの人々に親しまれています。

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