海と松原を望む眺望
唐津湾や虹ノ松原を見渡せる展望が魅力です。
AI要約
AIによる要約です。営業時間・料金・休館日は公式情報をご確認ください。
海と松原を見渡す景観が魅力の城。歴史展示もあり、唐津観光の定番として気軽に立ち寄れます。
唐津城は、海に突き出すように建つ天守と、玄界灘や虹ノ松原を望む眺望が魅力の観光名所です。館内では唐津藩や唐津焼の歴史に触れられます。桜や藤の季節は特に見応えがありますが、館内は階段移動が多いため、歩きやすい靴がおすすめです。
唐津湾や虹ノ松原を見渡せる展望が魅力です。
唐津藩や唐津焼の資料で地域の歴史に触れられます。
桜や藤の時期は華やかで、夜はライトアップも楽しめます。
唐津駅から向かい、天守で景色と展示を見てから舞鶴公園を散策するとまとまりよく楽しめます。
唐津城は、佐賀県唐津市東城内にある城で、唐津湾へ突き出すようにそびえる唐津市の象徴的な観光名所です。松浦川河口の満島山(みつしまやま)と呼ばれる丘陵上に本丸が置かれ、海や川に囲まれた地形を利用して築かれました。海に面した平山城であり、海や河口を防御に取り入れた「海城」としての性格も持っています。白い天守閣と青い海、虹ノ松原が織り成す景観は美しく、佐賀県を代表する城郭景観の一つとして親しまれています。
唐津城を築いたのは、豊臣秀吉の家臣であった寺沢志摩守広高(てらざわしまのかみひろたか)です。寺沢広高は、豊臣秀吉が朝鮮出兵の拠点として1592年に築いた名護屋城の普請に携わり、兵力の輸送や兵糧の補給などの重要な任務を担いました。秀吉からの信頼も厚く、1595年には、岸岳城主・波多親(はたちかし)の旧領を与えられ、唐津周辺を治めるようになりました。
1600年の関ヶ原の戦いでは、徳川家康率いる東軍に加わりました。戦後には、その功績によって天草4万石を加増され、唐津と合わせて12万石を超える領地を治める大名となりました。その後、広高は新たな領国経営の中心として唐津城の築城に着手します。築城は1602年に始まり、7年の歳月をかけて1608年に完成したと伝えられています。
築城に際しては、豊臣秀吉の死後に廃城となった名護屋城の建材が利用されたと伝えられています。また、薩摩の島津氏や肥後の加藤氏をはじめとする九州の諸大名が工事に協力し、安土城や名護屋城などの石垣構築に携わった石工集団「穴太衆(あのうしゅう)」の技術も用いられたといわれています。
現在も城内やその周辺では、自然石をほとんど加工せずに積み上げる野面積みをはじめ、打込接(うちこみはぎ)や切込接(きりこみはぎ)など、異なる時代や技術を示す石垣を見ることができます。天守台入口付近の石垣には、薩摩の島津氏の家紋として知られる「丸に十字」の刻印も確認でき、九州の諸大名が築城に協力したことを伝える痕跡として注目されています。
唐津城は満島山を本丸とし、その周囲に二の丸、三の丸、外曲輪を配置した城郭でした。外曲輪は外堀によって守られ、その外側には東寺町と西寺町が設けられました。武家屋敷や町人町、寺町などを含む計画的な城下町が整備され、寺院を集めた寺町は、城下町の防御を補う役割も担っていたと考えられています。唐津城とその城下町は、唐津藩における政治、経済、交通の中心として発展しました。
寺沢広高は、築城と並行して松浦川河口周辺の大規模な改修や新田開発を進めました。河川改修には水運の利便性を高め、洪水などの被害から城下町や周辺地域を守る目的があったと考えられています。こうした大規模な土木工事によって城下町の基盤が整えられ、唐津の都市としての発展につながりました。
広高は、唐津湾沿岸の砂丘に黒松を植林する事業も進めました。これは潮風や飛砂から新しく開発した農地を守るためのもので、現在の国の特別名勝「虹ノ松原」の基礎になったとされています。また、漁業では紀州方面から漁業者を招き、捕鯨の技術を導入したと伝えられています。このように寺沢広高は、城の建設だけでなく、治水、農業、林業、漁業など幅広い分野で唐津の発展に関わりました。
寺沢氏は二代で断絶し、唐津藩は一時的に幕府領となりました。その後は、大久保氏、松平氏、土井氏、水野氏、小笠原氏という譜代大名が相次いで唐津藩を治めました。藩主家がたびたび交代した背景には、唐津が長崎監務や九州の有力な外様大名を監視するうえで、幕府から重要視されていたことがあると考えられています。
歴代藩主は、それぞれの時代に農村支配、教育、産業、財政などの改革を進めました。土井氏の時代には教育が普及するとともに、唐津焼の御用窯が開かれ、捕鯨や和紙などの産業も奨励されました。水野氏の時代には、干ばつや洪水などによる凶作が続くなか、藩の増税政策に対する農民の不満が高まり、1771年に大規模な農民一揆である「虹の松原一揆」が発生しました。
また、水野忠邦は唐津藩主を務めた後、浜松藩へ移り、江戸幕府の老中として天保の改革を行ったことで知られています。水野忠邦がより幕府中枢に近い役職への就任を望み、唐津から浜松への転封を求めた背景には、唐津藩主が長崎警備を担当するため、幕府の重要な役職に就きにくかった事情があったともいわれています。
最後に唐津藩を治めた小笠原氏は、石炭、捕鯨、櫨、楮、海産物などの産業を振興し、藩財政の再建に取り組みました。幕末には、唐津藩主家出身の小笠原長行が幕府の老中格として活動し、第二次長州征討などの重要な政治課題に関わりました。唐津城は、江戸時代を通じて唐津藩の政治と城下町の発展を見守り続けたのです。
1871年の廃藩置県によって唐津藩が廃止されると、唐津城も廃城となり、その後、城内の建物の多くが失われました。1877年には、本丸跡を中心とする一帯が舞鶴公園として整備され、市民の憩いの場として利用されるようになりました。
現在見られる天守閣は、江戸時代から残る建物ではありません。唐津市と唐津城の公式案内では、築城当初の唐津城には天守閣がなかったと説明されています。江戸時代の絵図や文献にも天守の姿が明確に確認されていないため、現在の天守閣は歴史的な天守を忠実に復元したものではなく、1966年に文化観光施設として建設されたものです。
それでも、五層五階の堂々とした天守閣は唐津の景観に溶け込み、現在では市民や観光客に親しまれる町のシンボルとなっています。2017年には天守閣内部がリニューアルされ、歴史資料に加えて映像やデジタル機器を活用した展示が導入されました。唐津城と城下町の歴史を、幅広い年代の来館者が分かりやすく学べる施設になっています。
唐津城が別名「舞鶴城」と呼ばれるのは、城を中心として東西に続く砂浜と松原が、鶴が翼を広げた姿のように見えるためです。城の東側には虹ノ松原、西側には西ノ浜が延び、城と海、砂浜、松原が一体となった優雅な景観をつくり出しています。この美しい眺めは、唐津城ならではの大きな魅力です。
天守閣内部は郷土博物館として利用され、唐津藩や歴代藩主、城下町の歴史に関する資料が展示されています。館内では、初代唐津藩主・寺沢広高の重臣であった今井家に伝わった薙刀や甲冑、豊臣秀吉が寺沢広高に宛てた朱印状、江戸時代の唐津城絵図、唐津城から出土した金箔瓦など、唐津の歴史に関係する資料を見ることができます。
金箔瓦の発見は、唐津城と豊臣政権、名護屋城との深い関係を考えるうえで重要な手がかりとなっています。唐津城の築城開始とされる1602年より前に、金箔瓦を用いた重要な建物がこの場所に存在していた可能性も指摘されています。なお、展示品は入れ替えや貸し出しなどによって見られない場合があります。
館内には、古唐津をはじめとする唐津焼の展示もあります。唐津焼は16世紀末ごろから作られ始め、素朴な風合いと多彩な表情によって、多くの茶人に愛されてきました。展示を通して城の歴史だけでなく、唐津を代表する伝統工芸、町民の暮らし、捕鯨や石炭産業など、地域の発展を支えた文化や産業についても学べます。
天守閣の1階には土産物コーナーがあり、唐津焼や唐津漆器、菓子、柑橘類を使った商品など、地元の特産品が販売されています。唐津城を訪れた記念となる商品も取り扱われており、見学後の買い物を楽しめます。
天守閣5階の展望フロアは、唐津城を訪れた際に外せない見どころです。北側には唐津湾と玄界灘が広がり、天候に恵まれれば遠く壱岐まで望めます。東側には虹ノ松原と鏡山、西側には西ノ浜、南側には唐津の城下町が広がり、周囲を360度見渡せます。海や河口、城下町を一望すると、唐津城が周辺を見渡せる要所に築かれたことを実感できます。
城へは石段を歩いて登るほか、有料の舞鶴公園エレベーターを利用して本丸広場付近まで上がることができます。ただし、エレベーターを利用した場合でも、天守閣内部は基本的に階段での移動となります。足腰に不安がある場合や車いすを利用する場合は、事前に最新のバリアフリー情報を確認しておくことが大切です。
唐津城周辺の舞鶴公園は、花の名所としても知られています。春には桜が城を囲むように咲き、白い天守閣との美しい組み合わせを楽しめます。桜の見頃は例年3月下旬ごろですが、その年の気候によって前後します。
桜に続いて見頃を迎えるのが、舞鶴公園中段にあるノダフジです。この藤は1898年に植えられたと伝えられる古木で、1972年に唐津市の天然記念物に指定されました。例年4月下旬から5月上旬にかけて、薄紫色の長い花房が垂れ下がり、甘い香りが周囲に広がります。天守閣と藤を一緒に眺められることから、開花時期には多くの観光客や写真愛好家が訪れます。
大手登り口の左手には、法華経信仰に由来する多宝塔があります。塔身には釈迦如来と多宝如来の姿が刻まれており、仏像の顔を石で三度たたくと願いがかなうという言い伝えが残っています。見学する際は、現地の案内や注意事項に従い、周囲に配慮することが大切です。
夜間には天守閣がライトアップされ、昼間とは異なる幻想的な姿を見せます。唐津湾や松浦川の対岸、城内橋周辺などから眺めると、海辺に浮かび上がるような美しい城の姿を楽しめます。ライトアップの実施時間や内容は変更される場合があるため、夜景を目的に訪れる場合は事前に確認すると安心です。
唐津城は、江戸時代から残る現存天守を持つ城ではありませんが、寺沢広高による築城、名護屋城との関係、九州の諸大名や穴太衆が関わったとされる石垣、歴代藩主による城下町経営、唐津焼をはじめとする地域文化など、唐津の歴史を幅広く伝える場所です。海、川、松原、城下町を一望できる景観に加え、桜や藤など四季の自然も楽しめます。歴史と文化、美しい眺望を一度に味わえる、唐津観光では欠かせない名所です。
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佐賀県唐津市東城内8-1 周辺
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降水確率が高めです。移動時間に余裕を持ち、屋外中心の観光では足元に注意してください。
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