高山陣屋|観光の魅力・歴史・アクセス方法・営業時間を写真&動画でチェック!
基本情報
- 名称
- 高山陣屋 (たかやまじんや)
- 所在地
- 〒506-0012 岐阜県高山市八軒町1丁目5番地
- アクセス
- JR高山駅から徒歩10分
[バス]まちなみバス「高山陣屋前」 - 駐車場
- 専用駐車場はございません。市街地駐車場をご利用ください。
- 営業時間
- 4月1日 - 10月31日 午前8時45分から午後5時まで
(入場は午後4時30分締切)
11月1日 - 翌年3月31日 午前8時45分から午後4時30分まで
(入場は午後4時締切) - 定休日
- 12月29日、31日、1月1日
- 料金
- 440円(高校生以下無料)
- 連絡先
- 電話番号:0577-32-0643
- 公式サイト
- キーワード
マップ
詳細情報
高山陣屋|江戸幕府の政治を今に伝える、現存唯一の郡代・代官所
高山陣屋は、江戸時代に郡代・代官が飛騨国を治めるために政務を行った場所です。
陣屋とは、役所機能をもつ「御役所(おやくしょ)」を中心に、郡代・代官が暮らした役宅、年貢米などを保管した御蔵(おくら)といった関連施設を総称した呼び名です。
幕末には全国に**50余(60数ともいわれる)**の郡代・代官所があったとされていますが、当時の主要建物が現存しているのは高山陣屋のみであり、非常に貴重な史跡として知られています。
1. 歴史のはじまり|飛騨国が幕府直轄領になった1692年
江戸時代前期の飛騨国は、金森氏を藩主とする高山藩の統治下にありました。
ところが元禄5年(1692年)、江戸幕府の命により金森氏が出羽国(現在の山形県および秋田県の一部)へ国替えとなり、飛騨国は幕府の直轄領となります。
直轄領とは、幕府が直接支配した土地のことで、幕府にとって重要な経済的基盤でした。飛騨国が直轄領とされた明確な理由は現在もはっきりしていませんが、豊富な山林資源の存在が背景にあったと考えられています。
当初の幕府の支配拠点は金森家家老の屋敷でしたが、元禄8年(1695年)に現在の地へ移転し、あわせて高山城三之丸から米蔵が移築されました。こうして、現在につながる高山陣屋の基礎が築かれていきました。
2. 177年間の政治の舞台|25代の代官・郡代が執務
元禄5年(1692年)から慶応4年(1868年)までの177年間、高山陣屋では25代の代官・郡代が幕府による飛騨支配のための執務を行いました。
運営体制にも変遷があり、3代伊奈代官までは関東郡代との兼務でした。4代森山代官からは飛騨専任となったものの、当初は江戸に在住していたとされています。
実際に高山に在住し、現地で直接執務を行うようになったのは、7代長谷川代官の時代からとされています。
3. 1777年、郡代へ昇格|飛騨の重要性が高まった証
安永6年(1777年)、第12代大原代官の時に、検地の実施による石高増加などの功績が認められ、飛騨代官は飛騨郡代へと昇格しました。
これにより飛騨国は、関東・西国・美濃と並ぶ、幕府にとって重要な直轄領として位置づけられ、政治的・経済的にも重視される地域となりました。
4. 現存唯一の理由|明治以降も行政の中枢として使用
高山陣屋は、江戸時代の終焉後も役割を終えることなく、明治以降も飛騨地方の行政の中枢として使われ続けました。
そして昭和44年(1969年)まで、県事務所として建物が利用されていました。
県事務所の移転後、江戸時代の姿に復元し一般公開するための整備事業が始まり、昭和45年(1970年)から昭和58年(1983年)にかけて復元修理事業が実施されました。その後も整備が進められ、平成8年(1996年)には江戸時代の姿がより忠実に再現されました。
なお、高山陣屋は昭和4年(1929年)に国史跡に指定されています。
5. 見どころ|「御役所」「役宅」「御蔵」の三つのエリア
現在の高山陣屋は、大きく分けて「御役所」「役宅」「御蔵」の三つのエリアで構成されています。
政治の現場、暮らしの空間、年貢を扱う仕組みが同じ敷地内にまとまっており、江戸時代の地方行政を立体的に体感できる点が大きな魅力です。
御役所(政務の中心)
郡代が政務を執り行った中心的な空間で、役所としての機能を担っていました。玄関では身分によって出入り口が分けられており、当時の厳格な秩序が感じられます。
吟味所・御白洲(裁きの場)
陣屋内には吟味所が設けられ、取り調べや裁きが行われました。また御白洲は2か所あり、住民の訴えを受ける場と、実際の裁判が行われた場に分かれていたとされています。
大広間(重要行事の舞台)
陣屋内で最も広い空間で、年始などの重要な行事に使用されました。縁側越しに庭園を望む構成からも、格式の高さがうかがえます。
台所・生活空間(役人の暮らし)
台所には釜や器が展示され、当時の生活の様子を具体的に知ることができます。
また、郡代やその家族が暮らした「嵐山の間(御居間)」などでは、武士の質素ながらも機能的な暮らしぶりを感じることができます。
御蔵(年貢米を納めた倉庫群)
御蔵は年貢米などを保管した倉庫群で、歴史的価値の高い建造物です。現在は展示室として利用され、当時の政治や生活に関する資料を見学できます。屋根に用いられた伝統工法も見どころの一つです。
6. 細部に宿る美意識|畳・文様・意匠を楽しむ
高山陣屋は、建物全体だけでなく細部に目を向けることで、さらに魅力が深まります。館内には約40の部屋があり、部屋の用途や格式に応じて、畳や畳縁の種類が使い分けられています。
玄関の大床に描かれた「青海波(せいがいは)」の文様や、釘隠しとして施された「真向兎(まむきうさぎ)」など、随所に江戸時代の美意識や願いが込められています。こうした意匠を探しながら見学するのも、高山陣屋ならではの楽しみ方です。
7. 高山陣屋の楽しみ方|朝市・季節・案内と合わせて満喫
高山陣屋の前では、毎日朝市が開かれ、多くの店が並び賑わいを見せます。陣屋の見学とあわせて朝市を訪れることで、歴史と現在の暮らしの両方を体感できます。
また、高山陣屋は四季折々の風情に恵まれており、春の新緑、夏の深緑、秋の紅葉、冬の雪景色と、訪れる時期によって異なる表情を楽しめます。冬は特に冷え込みが厳しいため、防寒対策をしての見学がおすすめです。
説明員による案内を利用すれば、建物の構造や歴史的背景への理解がさらに深まり、見学の満足度が高まります。
まとめ
高山陣屋は、江戸幕府が飛騨国を統治するために設けた役所であり、主要建物が現存する唯一の郡代・代官所です。さらに明治以降も行政施設として使われ続けたことで、江戸時代の面影が現在まで大切に守り伝えられてきました。
御役所・役宅・御蔵が一体となった空間で、政治、裁き、暮らし、年貢の仕組みを立体的に体感できる高山陣屋は、まさに「生きた歴史館」といえる存在です。
飛騨高山を訪れた際には、陣屋前の朝市や周辺散策とあわせて、時代を超える体験をぜひお楽しみください。
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