盛岡八幡宮

盛岡八幡宮|観光の魅力・歴史・アクセス方法・営業時間を写真&動画でチェック!

盛岡八幡宮は、岩手県盛岡市に鎮座し、1680年(延宝8年)に第29代南部重信公により建立されました。源頼義が安倍氏討伐の戦勝祈願で始まり、康平5年(1062)に石清水八幡を勧請したことが起源とされます。盛岡の総鎮守として、約2万坪の敷地には大小18の社殿が存在し、農業、工業、商業、学問など人間生活の根源の神として深く崇敬されてきました。1884年の盛岡大火や風雪被害で再建され、1997年には現在の鮮やかな朱塗りの社殿が完成しました。年間通して多くの参拝者で賑わい、特に初詣や「どんと祭」、「節分祭」、「盛岡八幡宮例大祭」で県内一の賑わいを見せます。現代でも成人式や七五三など、人々の大切な節目に訪れる場所として、盛岡の心の中心として存在しています。

基本情報

名称
盛岡八幡宮 (もりおかはちまんぐう)
所在地
〒020-0872 岩手県盛岡市八幡町13-1
アクセス
JR盛岡駅から岩手県交通茶畑行きバスで15分、松尾前下車、徒歩5分
駐車場
駐車場 あり 200台
営業時間
境内自由
定休日
無休
連絡先
電話番号:019-652-5211
公式サイト

マップ

詳細情報

盛岡八幡宮は、岩手県盛岡市八幡町に鎮座する県内随一の大社で、盛岡の総鎮守として古くから人々に崇敬されてきました。

その起源は、平安時代の康平5年(1062年)、前九年合戦において源頼義が戦勝を祈願し、京都・石清水八幡宮の分霊を勧請したことに始まると伝えられています。当初は「鳩森八幡宮」と称され、地元豪族の日戸氏らが代々篤く信仰していました。

文禄2年(1593年)、盛岡城築城の際に南部信直公が城の鎮守として再興し、延宝8年(1680年)には第29代藩主・南部重信公が青森県八戸市の櫛引八幡宮を勧請して現在の地に社殿を建立、「新八幡」あるいは「南部新八幡」と呼ばれるようになりました。こうして、今日に至る信仰の基盤が築かれました。

御祭神は、品陀和気命(ほんだわけのみこと、応神天皇)を主祭神とし、農業・工業・商業・学問・衣食住など、人間生活全般を守護する神として広く信仰されています。

境内には、本殿をはじめ12の摂社・末社があり、縁結びの神を祀る「縁結美神社」、安産・子宝の「梅宮」、学業成就の「盛岡天神社」、健康長寿の「健康神社」、そして商売繁盛のご利益で知られる「笠森稲荷神社」など、多彩なご神徳を授かることができます。特に笠森稲荷神社は、盛岡八幡宮創建以前から八幡山山頂に祀られていたとされ、境内最古の社として知られています。

社殿は明治17年(1884年)の盛岡大火をはじめ、度重なる災害や風雪により再建が繰り返されました。現在の朱塗りの大社殿は平成9年(1997年)12月に完成したもので、精緻な彫刻や鮮やかな彩色、そして県花である桐をモチーフにした装飾が施され、その荘厳な姿は「盛岡の顔」として市民に親しまれています。

年間を通じて多くの参拝者が訪れます。正月三が日の初詣は県内最大の人出を誇り、1月15日には「どんと祭」と「裸参り」、2月3日には「節分祭」、6月第2土曜日には馬の祭礼「チャグチャグ馬コ」、6月最終日曜日には「夏越大祓」が行われます。さらに、9月14日から16日にかけての「盛岡八幡宮例大祭」では、華やかな神輿渡御や迫力ある流鏑馬神事が執り行われ、盛岡の秋を彩ります。

成人式や七五三など、人生の節目を祝う場としても広く利用され、今もなお盛岡市民の精神的支柱として重要な役割を果たしています。

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